受験のため仮引退中でしたが、合格したので復帰しました。小説をはじめとしメイプル記事も更新されます。


by jwpwm424

『重なる世界』 第1章―2

 第1章、2区切り目です。













 何もない暗闇に私は浮かんでいた。でもさっきの暗闇と違う・・・冷たい感じのしない、すうっとそのまま溶けていけるような優しい暗闇。
 「うっ!」
 突然目の前で真白い光がフラッシュのように光って・・・大きなスクリーンが現れた。周りの暗闇より少しだけ明るい灰色で、そこだけ暗闇が薄くなった感じ。
 少しの間何も聞こえない静寂があって・・・そのスクリーンに、映像が映し出された。


 そこに映っていたのは、5,6歳ぐらいで赤茶色の少し長い髪の女の子と、薄茶色の毛色をした子猫。花壇のある小さな庭で、その小さな猫と遊んでいた。

 「あれ? あの猫って、確か・・・」

 その女の子は学校から帰ってきて、大きな窓のある縁側に座ってその子猫と話をしていた。学校であった楽しいこと、嫌なこと、そして将来の夢・・・。前の映像より少し成長した子猫は、嬉しそうにその話を聞いていた。

 「じゃあこの子は誰だろう? なんか、見たことある気がするんだけど・・・」

 そんな毎日が、ある日突然終わる。さっきの映像からちょっと大きく・・・たぶん7、8歳ぐらいになったその女の子が元気よく家に帰ると、
 だいぶ大きくなった薄茶色の子猫が、花に埋もれぐったりと倒れていた。

 「あっ・・・この風景・・・ってことはあの女の子はやっぱり・・・」

 その後獣医が来て・・・はっきりと告げた。もう長くはない、って。
 多くの動物に感染するウィルス性の病気。ある程度悪化すると手がつけられなくなるその病気には、いつもその女の子が・・・
 「いや・・・」
 ・・・お母さんが世話をするって言ってもさせないで、いつも私が、いつも私だけが世話していたから、気付けなかったんだ。だいぶ弱っていたことに。
 それからその後・・・余命わずかと言われたその猫はいつかの雨の夜、寝る前に私がいつものように縁側に行くと立ち上がって・・・まだ元気だったころみたいに立ち上がって、雨の中に走って行った。
 もう前の画面に映されたことなのか、私の中にある記憶の映像なのかはわからない。雨の冷たさも忘れて慌てて私が後を追いかけると、花壇のある方とは反対のスペース・・・電気メーターとかがあるところで倒れていた。
 「どうしたの? ここに、何か・・・」
 その時の私が戸惑いながらそう言うと、その子猫は柔らかく微笑んだ・・・ように見えた。口に、小さな指輪をくわえて。
 六角形の中身が透けて見える無色の宝石がついた小さな指輪・・・私がずっと前から探していたそれを受け取ると、最後に一度だけ、綺麗な青の瞳で私を見て・・・
 「そこで、死んだ・・・んだよね?」
 あれがもうじき死ぬことを悟って出した最後の力だったって気づいたのは、かなり後のことだった。私が慌てて抱いたときには、もう体は冷たかった。
 気がつくと、前のスクリーンには何も映っていない。また音のない闇が戻ってくる。
 「ん・・・?」
 何か足音が聞こえた気がする。すごく軽くて小さな足音。ぺたん、とかそんな感じの。
 あ・・・また聞こえた。ちょっと大きくなってる。
 「誰?」
 私の声が何度も反響する。ぺたんぺたんと、少し足音が早くなった。
 そして、
 「わっ」
 いきなり足元に薄茶色の何かが現れた。・・・薄茶色?
 そうっとしゃがんでみると、目が合った。青い瞳。
 「あ・・・ああ・・・」
 私はゆっくりと手を
 「やめて」
 よく通る、高い声が響いた。私の声じゃない。もっと私より年上の女の人みたいな声。
 「近寄らないで。・・・・・・化け物」
 「え・・・」
 音もなく、子猫と私の間に大きな鏡が下からせりあがってきた。その中に映るのは、

 『化け物』だった。

 指先に黒い爪のあるヒレ状の両手両足。びっしりと黒い鱗で覆われたぬめりのある体。背中や二の腕や太腿から生えているのは半透明の大きなヒレ。
 顔だけは、毎朝鏡で見る私の顔だった。黒い髪は半分ぐらいが濃緑色に染まって、ねばねばした液体がこびりついている。
 「え、な、あ・・・」
 だらりと、口の端からねばっとした半透明の液体が零れ落ちた。
 「待っ・・・」
 子猫が一度、見たことないような厳しい顔で、怖いくらい睨むように私を青い瞳で見て、暗闇の中に走って行く。追いかけようとして、
 鏡の中の私の後ろに、赤い光が見えた。なんとなく笑っているような光。
 「来るなあっ!」
 振り返って、二の腕のヒレを振った。赤い光を一瞬遮るけど、当たっていない。まわりの闇より濃い真黒の煙のようなものが、腕に絡みついてきた。目のような光が笑っていた。

 「早く! その思い出にしがみつくんだ! それに呑まれないで!!」

 後ろへ振り向くと、白く光るオーロラのようなもの・・・懐かしい光が小さくなっていく。私は地面を踏みしめ、一気に走った。足音も聞こえない。背中に、足に、冷たい煙が絡みついてくる。
 「しっかりと自分を意識するんだ! しっかり――――」
 声が薄れていく。白い光の中に手を入れ、体を押し込む。ヒレの手が、ゆっくりと細い手に戻って行く。


 どれくらいそうしていたのかはわからない。体内時計なんてあてにならない。
 そうやって必死にしがみついていると、ぺたんぺたんとゆっくり足音が戻ってきた。私の前に子猫がゆっくりと来て、昔と同じように優しい目で私を見た。
 「ごめん、ね。あの時は・・・もう、死なせたり、しないから・・・」
 私は子猫を優しく抱いた。ぬくもりが伝わってくる。暖かさに、体が包まれて・・・


                


 「ぐぬうっ!」
 ザシュッ! と巨大な右手を、ピンク色をした丸太ほどある触手が貫通する。ノコギリの刃のようなぎざぎざの触手は身をよじり、貪欲にその腕を削って行く。
 彼女は左手のブレードのような爪でそれを断ち切った。体組織そのままの色をしたそれは血をまき散らしながら、アンカーのように暗闇の中へ牽引されていく。
 「ひっ・・・ひっひひ・・・『邪の民』じゃあ、やっぱり弱いなああああっ!」
 覚束無い足取りで闇の中から巨漢・・・この街を権力と暴力で牛耳る警察署長が現れた。死んだ魚のように白濁しきった瞳の奥には嬉しそうに輝く赤。顎が外れたような口からは涎がだらだらと流れ続け、その口の奥は果てしなく暗い、闇のような暗闇。
 その自分にとって不利な暗闇で孤軍奮闘する『人ならざる者』・・・齢八十ほどの老婆は、はちきれんばかりに膨らんだ右手をちらりと見る。爬虫類じみた鱗が人間的に、だが異常に隆起した豪腕に並べられており、先ほど刺された所はまだ薄く血が流れている。
 「まだまだ、がんばらないと!」
 若さすら感じさせる活気を宿した声で自らの体を鼓舞し、豪腕の先の爪を構える。腕の先から手の代わりに放射状に広がる小さな鋼色の爪を、ゆらりゆらりと暗闇の中を幻影のように揺れる赤い瞳を目印に狙いを定める。
 一撃必殺の力。まわりに骸として転がる雑魚とは桁の違う、このあまりにも強靭すぎる敵にも必殺なのかはわからないが確実にダメージは与えられる。ぐっと体を沈め、体に深く刻まれた技術のみに頼る。
 ぐっと巨漢の右腕が後ろに引かれたのが見えた、と老婆自身が視認する間もなく、抑えられていた力が一気に開放される。アスファルトが地表側から粉砕され、弾丸のごとき速さで爪を叩きこむ。強烈なカウンターが決まり、暗闇に溶けない血が2秒ほど踊り狂った。
 「ぎっ・・・」
 白濁した瞳が、その内の赤い光が驚愕に見開かれる。わずかに急所を外し、だが頭部を貫通したその腕を引き抜こうとした、その刹那。
 「とらぁ――――っぷ! いっちゃぇー!!」
 さっきとは全く違う、聞くたびに万人が眉をしかめるような耳に障る甲高い声が響き、服の内側から無数の触手としか言えないモノが突き出た。先端の尖った槍衾のようなそれは、ドドドドドッと老婆の小さな体を打ち抜いた。血が貫通した触手の先から噴き出て、すぐに闇に呑まれて消え去る。
 「それ! それそれそれぇ――――っ!!」
 その掛け声のリズムにあわせて、鉄すら一瞬で木端微塵にするパンチの嵐が襲いかかる。強化された骨が軋みをあげ、赤く光る片目の光が薄れる。
 勝機はないかもしれない・・・年寄りだからかそういった諦めが先走ったその、瞬間。
 「そりゃあっ!」
 さっきの声とは違う子どもっぽく高い声と、アスファルトを派手に粉砕する轟音が響いた。上空から飛び降りるその途中で、うねる触手の大半を切断する。あたりのもう乾いてしまった血にさらに鮮血が重なっていく。
 勢い余って刺さった両手を抜いて、立ち上がる。切られた暗闇から一瞬だけ弱々しい光がさしこみ、異形の巨漢を照らす・・・・・・否、燃やす。
 「ぎゃああああああああああああっ!」
 超音波のような悲鳴が響きわたった。赤い光が激しく明滅し、背中から幾条も伸びた触手が痛みに苦しむように暴れる。これを好機と見た爪を持つ少年は、一気に間合いを詰め、二度、三度と指に釣り合わない、やや大きめの爪で切り裂いた。動きに合わせて血が右に左に舞う。100キロは軽く超えるその巨漢が、小さな体の小さな斬撃に振られる。
 だが、それは勝機ではなかった。振られる途中でぐしゃっと内臓が潰れたような音が聞こえ、
 「あっ」
 「きゃはははは! つっかまえたぁー!」
 痛みから立ち直った、巨漢の内に潜む何かが嗤った。粗っぽく作った粘土細工のような、黒と体組織の入り混じった異形の手が少年の小さな体を包んでいた。グッとまったく手加減なしに、それが握り締められる。
 「・・・・・・・・・!!」
 肺を圧迫され悲鳴も出ない。バキ、バキ、と死へのカウントダウンのように骨が砕けていく。切り裂こうと振り上げた右腕も、すぐに力を失って異形の腕の上に転がる。
 「どこまで耐えられるかなぁー? 景気よく、かうんと、だう―――」
 最後まで言う前に、それは起こった。
 弧を描くように動き、暗闇が、空気が、即席の腕が切り裂かれる。
 「―――ん?」
 つけるはずのなかった疑問符がついた。何か自分の一部が欠落したとそれは知った。
 「なぁ!?」
 ぎゅおん! と空気を震わせいきなり現れた新手が鉤のような5本の黒塗りの刀をアッパーカットの要領で振りあげた。だらんと弛緩していた二の腕までしかない右腕が根元から切断され、ぼとりと落ちた。
 「え、ちょっ!」
 自分ではない、この巨漢の体から太い触手を慌てて造りだし振るう。が、それは当たらず、どころか地面に着く前に根元近いところと、おまけとして心臓を切断された。
 「うわヤバッ! 何このつよさぁーっ!」
 巨漢の耐久力が限界に達した。ぼとぼとと機械のネジや歯車が抜け落ちていくように、赤い塊や肉のついた骨を落としゆっくりと崩れていく。内部を露出させる切り口からは、血と共にどす黒い煙が小さく噴き出ていた。
 その中からまろび出た深淵の暗闇のような深い黒色の何かは、自分の一部を切り離し放った。小さな破砕音と共に、その何かの色に近い闇色が爆発的に溢れた。
 荒れ狂う闇色の暴風の中で、闘争心に満ちた鮮やかな赤が2つ光っていた。刃のような長い爪を持つ、復讐に燃える修羅のように、血を貪る悪魔のように禍々しい影。その顔に表情は、一片たりともない。


                
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by jwpwm424 | 2009-08-19 19:29 | オリジナル2『重なる世界』